黒衣の男


 惑星パルムの衛星軌道上に浮かぶガーディアンズ・コロニーにあるクライズ・シティの一角、カフェでコーヒーを飲んでいたラドルスの前に、ガーディアンズの制服を着た一人の女性がコーヒーカップを持って座る。その黒髪に囲まれた顔を一瞥してからカップを置くラドルス。
「おやおや、副隊長殿が暇そうですね」
「まぁ、コーヒー一杯位飲む時間はあるわ」
ガーディアンズ機動警護部の副隊長を務めている彼女はコーヒーに口をつける。彼女の名はアルティノア、先のSEED事変では現在はガーディアンズ総裁を務めているライア・マルチネスと共にグラールの為に戦った英雄の一人として称えられている。因みに、SEED事変の終結後、ライア・マルチネス総裁によって着用が定められたガーディアンズの制服であるが、ラドルスは「似合わない」と言った理由で本部でのデスクワーク時等以外は以前のガーディアンズスーツを着ている。このスーツのある機能もあって、周囲もそれを仕方なく黙認している。
「そう言えば聞いてる?」
「何をだ?」
そう言いながら彼女が相手の場合、ちゃんと確認してから返事をしないとロクな事がないからな、と内心思うラドルス。実は彼女のそれはラドルス自身の影響によるものなのだが、本人には自覚がない。
「最近、グラール全土で失踪事件が多発しているって話」
「ああ、被害者に共通点が全くなく、居場所は勿論、その目的も見当がつかないって話だったな…」
その事か、とラドルスは先日見たニュースの内容を思い起こしながら事件の概要を述べていく。
「で、先日ちょっとした情報があってね…」
と、アルティノアが何かを言おうとした時、「よろしいでしょうか?頼まれた物を持って来たのですが」と、一人の少女がテーブルの脇に立つ。
「ルミア・ウェ−バーか。報告書の提出って所か?」
コーヒーカップに置いて呟くラドルスにルミアと呼ばれた少女は「そんな所です」とアルティノアに書類を渡す。
「ちょっと急ぎの資料集めを彼女に頼んだのよ。思ったより早かったわね」
前半はラドルスに、後半はルミアの方を向いてそう言うと再び書類に目を通すアルティノア。
「流石ルミア・ウェーバーじゃないか、その血筋のなせる業ってとこかな?」
「いいえ、指導教官であるアルティノア副隊長の指導の賜物です」
ルミアの口調に書類から一瞬だけ目をあげるアルティノアが、直に書類に目を落とす。
「それに、前にも何度かお願いしていますが、フルネームで呼ぶの、止めてもらえませんか」
「じゃぁ、なんて呼べばいいんだ?『イーサンの妹』か『隊長のご息女』とでも?」
あからさまにからかう口調のラドルスにルミアの口が半開きになり、次に堅く閉ざされる。その次の段階に入る直前。
「ルミア、これを隊長と総裁の所にそれぞれ回すように手配してくれないかしら」
アルティノアが書類をルミアに差し出す。何か言いたげな顔をしたルミアであったが、書類を受け取り、そのまま一礼して去っていく。その後姿を見ているラドルスにアルティノアが少々咎める様な口調で、
「言いたいことは分かるけど、ちょっと言い過ぎよ。わざわざ『ウェーバー』の姓を強調する辺りなんて特に」
「しかし、それを必要以上に意識しすぎているのは彼女自身さ」
「だから、それは分かっているけど…彼女がイーサン・ウェーバーの妹で、オルソン・ウェーバーの娘である事はどうしようもない事なのよ?意識するなって事の方が無理な話よ」
「いや、だからって、彼女自身が『英雄の血縁』を無理に演じていく必要はないんだよ。そんな事を続けていたら何処かに歪が生まれ、取り返しの付かない事になるかもしれない。…まぁ、こんな事考えるのは副隊長殿の仕事と思いますけど?」
「そうね。でも私から言ってもかえって意地になるでしょうね。彼女に対等の友人でもいればいいんだけど、同年代からも孤立しているようだし…」
そう言って「困ったものだわ」と天井を見上げるアルティノア。
「で、さっき言いかけたのはなんなんだ?」
「え?ああ、失踪した人達の監禁場所らしき情報が入ってね。ガーディアンから何人か調査にやったんだけど…」
「ミイラ取りがミイラになったか?」
「まだ確定じゃないんだけどね…。レニオスとかにも頼んでそれなりに優秀なメンツで編成したつもりだから、よっぽどの事が無い限りと思ってたんだけど」
「よっぽどの事があったっぽいな」
「そうみたい。場所はモトゥブの未開拓地域の近くよ」
その言葉に「やれやれ」と呟いてから冷めかけのコーヒーを一気に飲み干し、立ち上がるラドルス。
「まったく、最初からそのつもりでここに座ったって訳か」
「総裁達とも話し合ったんだけどね。ここは少数精鋭でまずは調査な場面ってことで意見が一致したの。ついでに、その人選に関してもね。って訳で、資料は後で端末に送っておくわ、同行者の人選と調査方法は一任するわ。」
「へいへい。っと」
そう応えてラドルスはガーディアンズ本部の方へ歩いていった。

 黒コート愛好会。表向きは名前の通りガーディアンズ内にある所属人数40人程のクラブの一つであるのだが、本部内の一角に本部と称したスペースを持ち、独自の組織編制を確立し、ガーディアンズの制服では無く、黒のコート着用を基本とし、戦闘訓練等も行っているいわば『部隊』と言ってもいい集団である。局長レニオスの手腕と集団戦闘を主とした実績により、前総裁オーベル・ダルガンの時代から黙認されている。そんな黒コート愛好会本部にある局長室にラドルスは来ていた。
「まったく、勤勉さなんて、三年前に使い切ってしまったんだがなぁ」
そうぼやきながら資料を見ているのは局長レニオスである。
「いや、レニしゃに出て来いって言ってるんじゃないんだ、こないだみたいに何人か連れて行ってもいいか?って話なんだけどね」
このレニオス、愛好会の存続を認め続けている政治的手腕もさることながら、その戦闘力もガーディアンズの上位に確実に入るはずなのだが、その性格から前線には滅多に出てこない。先のSEED事変での最終局面における黒コート愛好会ほぼ総出とも言える作戦では流石に前線に立ったのだが、その時に正しく一騎当千とも言える戦果を挙げている。
「『何人か』って言いながら、しっかり隊長二人を連れていったってのは結構酷い話だと思ったのは俺だけか?」
資料から視線をラドルスの顔に移して呟くレニオス、その言葉にレニオスの横で直立不動の姿勢を取っていた副長のゼロがクスリと笑う。
「まぁ、それは置いておくとしてだね…」
と、とぼけようとしたラドルスの言葉をレニオスの追い討ちが遮る。
「ってか、ラドよ。…お前、ジャバもいなくなったって知らないのか?」
「…へ?」
慌てて先程送られてきたばかりの資料を出力したものをパラパラと捲るラドルス。目的の漢はアルティノアの言った調査隊派遣の少し前、先日の海底レリクスの一件の数日後にガーディアンズへ来ていた捜索依頼のミッションに出かけたまま行方不明となっていたのである。なお、この捜索依頼の対象も今回の失踪事件の被害者ではないかとされている。
「あ〜、どうりで最近静かで平和だと思ったんだよ」
そう感想を言ったラドルスを見て苦笑しつつ、
「お前のとこは隣にも似た様なのが住んでるから変わらないだろ。って今は出かけているんだったな。」
と、レニオス。その言葉に先日やっと同居人と『ちゃんとした』熱血と言う言葉が似合うガーディアンを思い出すラドルス。その男は現在は長期休暇中であったので声をかけていない。
「こりゃ、当てが外れたなぁ…そんなんじゃ、ふ〜さん連れて行きたいなんて言っても聞いてくれないだろうしなぁ〜」
言いながらチラリとレニオスを見るラドルス。その視線を感じているのか、レニオスは書類に目を落としたまま、簡潔に応えた。
「分かってるじゃないか。」
その言葉に肩を竦めて立ち上がるラドルス。そのまま自分の端末を操作し、空いている知人を検索する
「しゃ〜ないな…。おっ、ベイさんが空いているっぽいな」
端末からそのままミッション勧誘を送信するラドルス。
「目的地のクロウドッグ地方はちょっと入り組んでるからな、とりあえず調査だけなら3人でいいんじゃないか?」
と、片手で机上の端末を操作し、ラドルスに画面を見せるレニオス。そこには目的地の航空写真が映し出されていたが、モトゥブには珍しく、木々が邪魔して地表の様子は伺えなかった。
「この近くには、カーシュ族が住んでいるから注意しろよ」
「カーシュ族って、あれか?文化保護地区に住んでるっていう…」
「最近ガーディアンズの装備として配給された、ミラージュブラスト。あれの発祥の地ってとこだ。無闇に入ろうとすると問答無用で襲ってくるぞ」
「ミラージュブラストか…自分はまだ使った事ないんだけどね。後半に関しては気をつけるとするよ」
丁度その時、勧誘受諾の旨を伝えるメールが来たので、ラドルスはそのまま黒コート愛好会本部を出るのであった。

 本部の待ち合わせ場所には予め連絡をして待っているように伝えていたりりなが既に到着していた巨漢のキャストと話をしている。彼はオクリオル・ベイ、ラドルスがガーディアンズで仕事を始めた頃からの友人で、その器用さであらゆる戦闘スタイルを使いこなし、その判断力にラドルス達は何度も救われている。オクリオルはラドルスに気付き、一礼する。
「話は資料とりぃからの話しで大体把握しましたよ」
「ジャバさんって、最近騒ぎの噂を聞かないからどっかで冷凍保存されてると思ってました。」
りりなの言葉においおい、と内心突っ込みを入れるラドルス。
「わざわざケダモノさんを探しにモトゥブの奥地なんてめんどくさいですよね、ラドさん」
「なら、いっそ思い出に…」
「ケダモノさん…面白い人を亡くしましたね…」
その場でしんみりした空気を作り出すオクリオルとりりな。どうやって突っ込みを入れようとラドルスが考えていると、そんなラドルスを見て二人は一転、クスクスと笑い出す。
「勿論、冗談ですよ?」
「私もです〜」
「当たり前だ、あれは生きていぢってこそ、面白い奴なんだからな」
『おいおい…』
二人の突込みを無視して、モトゥブ行きのPPTステーションへ向かうラドルスであった。

 惑星モトゥブ、その地表の大半は岩と砂に覆われた惑星だが、一部には緑の世界が広がっている地域もある。このクロウドッグ地方もそんな場所の一つだが、ここは先住民族とも言えるカーシュ族の文化保護地区に指定されており、ガーディアンズと言えども滅多に入ることはできないのだが…
「なんだよ、このシャトルの数は…」
現地に到着したラドルスが誰にともなく言ってしまう程のシャトルがその地には係留されていた。
「降りるとこ、ないですね…」
窓から地表を見たりりなが呟く。
「森の反対側、少々離れてしまいますが、そこに降りましょう」
オクリオル・ベイが周辺の探査結果から着陸地点を算出して地図に出す。
「なんでこんなにシャトルがあるのか、少々気になるけどね」
ラドルスはオクリオル・ベイの算出した地点をナビゲーターに入力しシャトルを発進させる。と、その異変に最初に気付いたのはりりなであった。
「ラドさん、向こうで煙が…」
「なに!?」
りりなに言われた方向を見ると、黒い煙が森の中から昇っている。よく見ると、微かに火の手も見える、どうやら大規模な火災が起きているようである
「どうします?」
「どうしますって言われても、シャトルで近づいても何もできない。着陸地点から走って行くしかないさ。」
オクリオル・ベイの言葉に悔しそうな口調で応えるラドルス。シャトルを着陸予定地点に向かわせつつ、通信端末から関連各所に連絡を入れて消化部隊の派遣を要請する。
「とりあえず、ありったけの消化弾は打ち込んでおきましたが…」
オクリオルの言葉に頷きつつ、シャトルをオートでの着陸シーケンスにしてラドルスは自分の装備のチェックに入る
「後は現場に行って避難誘導だ」
「ですね」
シャトルが完全に着陸するのを待てずに、ハッチを開いて地面に向かって飛び降りるラドルスとりりな、オクリオルはその巨躯から流石にそれは出来ずに、着陸後、森の中に微かに見えている二人の影を追うことになった。

 森の中を走っていくラドルスとりりな、背丈の関係からその距離は徐々に広がっていく。が、りりなの視界から完全にパートナーの姿が消えてしまう直前、その背中が急にはっきりと見えるようになる。
「はにゃっ」
立ち止まったラドルスの背中にぶつかりそうになるりりな、どうにか衝突は避け、何事かとその横に回りこむと、ラドルスは半身で身構え前方と睨んでいる。その視線の先には見たことも無い男が一人立っていた。
端正な顔を片目を隠す程の長い白髪が囲んおり、胸が開き、何箇所かに赤くポイントが入った黒い長衣を着ている。腰の後ろに左右と斜め上に向かって刀の鞘の様なものを付けているが、それには柄と思えるものはついていない。そしてその左手には赤いプレートの様なものを持っているが、りりなにはそれが何かは分からなかった。
「どうやら、炎から逃げてきたって訳じゃなさそうだな…ここで何をしている」
ラドルスが男を睨みつつ訪ねる。男はフッっと鼻で笑い。
「どっかの傭兵…ではないな、ガーディアンズとか言う輩か…」
「そうだ、だから、今の質問に答えて貰おう」
「消え行く者風情が我に命令するか、笑い話にもならんな」
「消え行く者?」
男の発した単語に眉しかめるラドルス。と、男の右手に一振りの刀がナノトランスされる。
「我の前に立った罪、その命で贖うがよい、消え行く者よ!!」
男の言葉と同時にラドルスとりりながそれぞれ左右に飛ぶと一瞬前まで二人が居た空間に男の刀が振り下ろされる。
「りぃ!!」
叫んで腰を落として、逆撃体勢を整えつつ右手に長剣をナノトランスさせるラドルス。りりなも既に長杖を出してラドルスへの支援テクニックをかけはじめていたが、それを目で確認することはせずに、そのまま男へ斬りかかるラドルス。男の刀が閃き、金属音と共にラドルスの長剣が右へ流される。ラドルスは勢いをそのまま逆用して長剣を戻し、男の刀を受け止める
「消え行く者が、無駄な足掻きを…」
男の嘲笑の声と共に、ラドルスの眼前に幾本かの刀がナノトランスする。
「なに!?」
空中に現れたその刀をあるものは叩き落し、あるものは体を捻ってかわすラドルス。りりながそれを援護しようとするが、その足元に立て続けに剣が突き刺さり、徐々にラドルスとの距離を離される。その様子を嘲笑を浮かべて見ていた男であったが、突然刀を構えなおし、大地を蹴ってラドルスに斬りかかった。ラドルスは眼前に迫ったダガーを長剣で受け止め、次のセイバーを叩き落そうとし、その動きに気付く。しかし、その剣を戻すことは間に合わず、その無防備な脇腹に向かって男が刀を薙ぎ払った。
「ラドさぁぁん!!」
煙が立ち込める森の中にりりなの声が響き渡り、二人の姿を追い求めて走っていた足を止めるオクリオルであった。




 老人が一人、長剣を地面に突き立て、その柄頭に両手を重ねて乗せたままの姿勢で佇んでいた。老人の周囲は微かに青い光を放つ石壁が囲み、その正面には老人の持つ剣と同じ素材で出来ているらしい漆黒の円盤が浮いている。ただ、老人の剣と異なるのはその中央部分に薄紫色の炎のような揺らめきがあることだった。円盤と老人の間には幾つかの人影が両手を掲げた状態で宙に浮いていた。正確には両手を縛られて天井から吊り下げられているのが、その大半はガーディアンズの制服を着ており、皆意識を失っているかのようであるのだが、時折悪夢に魘されたような苦悶の声を微かに上げていた。
「ダメじゃ…」
部屋に響き渡った声に、瞑目していた老人が円盤を見る。その中央の炎が一瞬大きく燃え上がり、そこから先程の声が続く。
「どれにも『あの女』の面影が残っておる。そんな器を妾は使いたくない」
老人はそれを黙って聞いている。炎は暫く静かに輝きを放っていたが、
「そうじゃ、こやつ等の記憶で知った事なのじゃが、今の世界にはキャストというのがおるそうじゃ、作られたモノ故、あの女とは無縁の代物じゃ、それを使えばいいのじゃ」
「では、キャスト製の器を用意いたします故、暫し御待ちくださりますか」
そう言って踵を返そうとした老人に、「いや、その必要はない」と声がそれを止める
「こやつ等の記憶の中に、興味深い存在があった。戦闘能力と美しさを兼ね備えた妾にふさわしい存在のようじゃ…」
「では、それを…」
頭を垂れた老人を声が再度押しとどめる。
「いや、必要無いといっておろう。『あれ』を使ってより強く、より美しい…『あのお方』のお傍にいるのに相応しい器を作り出せばよいのじゃ」
「なるほど、では早速用意をいたします。」
「その間に妾はこやつらの記憶から存在の情報を引き出しておるとする」
拝礼して部屋を出て行く老人。円盤全体が薄く紫色に輝き、周囲の人達の苦悶の声が高くなる。そんな中、黒いコートを着たビーストが微かに呟いた。
「それは…ル…ミル…ミのこと…です…か…」


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