第1章 海底レリクス


 石とも金属とも判別できない素材で作られた壁が周囲を囲む通路を武装した4人の人影が進んでいる。やがて、その先頭の人影がしゃがみ込み、そこにあった何かの破片を調べる。俯いた顔に頬に澄み切った青空の様な青い髪が一筋、流れてかかる。その髪を指で後ろに戻しつつ、暫し周辺の様子を伺う人影はまだ青年のようである。
「どうやら、まだ無事のようだな…」
青髪の青年は立ち上がり、振り返る。その横にもう一つの小柄な少女が小さく束ねたツインテールを揺らしながら寄り添う様に近づき、端末の画面を開く
「でも、周辺に生体反応はまだ検知できませんね」
その言葉に画面を見た青髪の人影は後続に視線を送る。
「通信は繋がったか?」
尋ねられた黒いコートを着て、腰の両サイドに短銃を下げた白髪の男は溜息混じりに首を振って肩をすくめる。と、そこへ双短銃の男と揃いの黒いコートを纏ったビーストの男やってきて警告の声を発する。彼は殿として後方警戒に当たっていたのである。
「又後方からスヴァルティアが2体やってきてるぜ!!」
その声に残る3人がそれぞれの武器を構え、殿の男も含めてフォーメーションを組む。
青髪の男が長剣を、ツインテールの少女が長杖を、ビーストの男が斧。白髪の男はその腰の短銃を構える。その先には剣を持った巨人が二体、緩慢な動きで迫ってきていた。
「いくぞ!!」
青髪の青年の掛け声と共に、ビーストの男が斧を振り上げ突撃ていき、青髪の青年がその半歩後ろに続く、ツインテールの少女の杖から雷球が巨人に向かって飛び、双短銃が火を噴いた。
「そっち、まかせたぞ!!」
「応!!」
青髪の青年の言葉に応えてビーストの男は自分の担当になった巨人―スヴァルティアと呼ばれている―の左側面に回りこみその足に斧を叩きつける。よろめいたスヴァルティアは剣を杖にしてなんとか踏ん張るが、その足元にツインテールの少女の放った雷球が弾け、スヴァルティアは転倒する。その首に斧を叩きつけるが、金属音と共に斧が弾かれる。
「くっ、相変わらず硬いぜ!!」
そんなビーストの男の反対側で青髪の青年はスヴァルティアの振り下ろす巨大な剣をサイドステップでかわして、大上段からの一撃をその右腕の関節に叩き込む。直後風を纏って襲い掛かってきた左腕を前転でかわす。
「へへっ、当たらなければどうと言うことはない、なのですよ〜」
暫く会っていない戦友の口癖を呟き、今度は左わき腹に横薙ぎの一撃を入れる。
「しっかし、ほんと…かったいわ、こいつ」
そんな様子を見て双短銃の男はビーストの男の援護に入る。ビーストの男に剣を振り上げようとすると、その顔や腕に銃を撃ち込み、自分に攻撃してきた時にはすかさず距離を取る。その隙にビーストの男が隙を見せた部分に斧を叩き込む。
「なんだかんだで、強いんですよね、お二人とも」
3人を後方しながら、ツインテールの少女は呟くのであった。
暫くの後、そこにはスヴァルティアを構成していたモノの残骸が山となっていた。

「いったい、どっから出てくるんだか…」
残骸の脇で青髪の青年が苦笑混じりに呟く。このレリクスに入ってから通り過ぎた場所からなかったはずのスヴァルティアが歩いてくる。といったパターンが多いのである。
「あちこちにナノトランスポイントがあるようですね。」
ツインテールの少女の言葉に頷く青髪の青年。このグラール太陽系では一般的に使用されている転送装置の基となったモノがこのレリクスと呼ばれる旧文明期の遺跡では多々見られる。旧文明も現在のグラール文明もともにフォトン粒子と呼ばれるグラールの大気を始めとしたあらゆる物質に存在するエネルギー体の使用を基幹部分として発展したものである為に一部の技術は現在にも流用可能なのである。
「全く、やっかいな所に閉じ込められたもんだなぁ」
ビーストの男が斧を肩に担いで呟く。
「そういいなさんな、助けを求める人の所へ駆けつけるのがガーディアンズってもんさね」
双短銃の男がそう言ってビーストの男の胸を軽く拳で叩く。
 ガーディアンズ。このグラール太陽系最大の民間警護組織であり、各惑星から警察権限も与えられている。「SEED事変」と呼ばれる3年前の戦いではグラールの各勢力の中心となって貢献し、その中でも総裁のライア・マルチネスと現在は機動警護部所属のイーサン・ウェーバーは英雄としてグラールの人々から称えられている。
彼らはそのガーディアンズに所属しており、先のSEED事変でも多くの場面で功績を残してきた四人なのである。
青髪の青年は、ラドルス。『青髪のへっぽこ剣士』を自称する青年で、長剣での戦闘を得意としている。SEED事変では事件の中心人物の一人を追い、倒すに至っているが、形式的には勝手に持ち場を離れるという命令違反を犯している為その功績は公表されていない。
ツインテールの少女はりりな。SEED事変の途中からラドルスのパートナーを務めているビースト少女で、その外見からは想像できないが、後方支援を中心としたフォースとしての腕と'ある特殊技能'を使用したラドルスとのコンビネーション戦闘には定評がある。
ビーストの男はジャバウォック、ガーディアンズ内でその存在が黙認されている「黒コート愛好会」と呼ばれる集団で戦闘部隊の一番隊隊長を務めている。ビーストの腕力を生かしたその戦闘力で突撃隊長の名を欲しいままにしている
双短銃の青年は封神、ジャバウォックと同じく黒コート愛好会の二番隊隊長を務めており、状況を的確に判断しての中距離戦闘を得意としている。
彼らはこのレリクスの調査中に閉じ込められた民間軍事組織の人間を救助する為に別ルートから進入していたのである。

「リトルウィングだったっけ?今回の救助対象者が所属しているのって」
最後尾を歩きながらジャバウォックが封神に尋ねる。
「ああ、最近良く聞く名前だよなぁ」
「スカイクラッド社の一部門である民間軍事会社だったかな?結構料金が安くて中小企業に人気があるらしいが…結局は傭兵だしな」
封神の言葉にラドルスが続き、その言葉にりりなが苦笑する。
「ラドさんは傭兵ってのは嫌いですものね」
その茶化す様な口ぶりに苦笑するラドルス。
「戦う理由が金って人間は好きになれない、それだけだ」
「なるほどね、ラドさんらしいやね」
「だな、ガーディアンズは天職って訳だ」
ラドルスの呟きに封神とジャバウォックが続き軽く笑う。
「そういや、スカイクラッドってパルムに本社があるけど、あれだろ?リゾートコロニーを持ってる会社だよな?」
と、再びジャバウォック。
「そう、クラッド6ってコロニーで、件のリトルウィングもそこに事務所を持ってる。そこの警護も兼ねてるんだろうね」
と、ラドルス。それにりりなが言葉を続ける。
「前から一回行って見たいと思ってるんですよね。でも、なかなか暇が無くって」
「ほうほう。ラドと一緒にか?」
「勿論です。他に誰と行くんですか!!」
ジャバウォックの言葉に振り向いて杖をブンブンと振り回すりりな。
「ハハハハ、悪い悪い…ん?」
笑っていたジャバウォックが、一転して真剣な顔になる。
「どした、ジャバ…なんだ、この気配は…」
その変化に一瞬遅れてラドルスが視線のみで周辺を伺う。
「一瞬ですけど、フォトンが乱れました。まるで、何かが爆発した感じです」
りりながラドルスの脇に立ち、あっちですねと、杖で前方を示す。
「ついで言うとそっちから血の匂いがするんだ…」
と、しかめっつらのジャバウォック。
「生憎と、鼻も人並みだし、フォトンの波動も感じないけど、やばい気配だってのは分かるな」
と、封神。
「とにかく行ってみよう」
と、歩き出そうとしたラドルスであったが、その足が止まる。
「どした?」
と、尋ねてからその理由に気付き、腰の双短銃を構える。
「この気配…まさか、ヘルガ…か!?」
そう呟くラドルスの目の前の空間に突如ナノトランスのゲートが開かれる。その正面に立たないようにしつつ展開する4人、やがてゲートが消え、そこには黒服に黒マントの人影が立っていた。白髪を後ろに流し、見事な顎鬚を生やした初老だが背丈は200rpは越えているであろうビーストに見える。まるで学芸会かなんかの怪盗みたいな姿だな、とラドルスは思ったが、それは口に出さずにその様子を伺う。どうみても普通の人間の現れ方ではない。
「ふむ…少々、着地点がずれたようじゃの…」
その髭を右手でしごきながら一人呟く男、ふとラドルス達の方に視線を送る。
「ふむ、器たちか…。私に武器を向けるとは愚かなことじゃ。まぁ、無知故の所業というやつじゃな」
そう呟き、無造作に右手を髭から降ろすと、そこには老人の身の丈程の長剣が握られていた。刃も含めて全て漆黒のその長剣はその材質は兎も角フォトンではなく、実体剣のようであった。その長剣を片手で持っているにも関わらず、その構えの自然さにそれぞれの獲物を握りなおす4人。
「罪には罰を…まぁ、大事な器じゃからの、壊れない程度で済ませてやるかの」
誰にともなくそう呟き、老人はまたも無造作に右手を横に振るう。が、その直後に金属音が周囲に響き渡る。
「ほう」
老人が目を細めてその剣の中程を注視する。そこには斧を垂直に構えて剣を受け止めたジャバウォックの姿があった。
「加減したとはいえ、ワシの剣を止めるとはの…そちらの体にすればよかったかの…」
最後にカカカカカと笑い声を上げる老人。直後ジャバウォックの体が剣に吹き飛ばされる。特に力を入れた様子も無い、その突然の変化を見抜けずにラドルスは手を出せないでいた。それに気付き、杖を構えたものの、同じく立ち尽くすりりな。
「そちらの青いのはかかってこないのかの?同じ獲物を使う者故、技量の差に気付いたかの」
と、老人はそのまま左手を横突き出す。封神の放った双短銃のフォトン弾がその掌の直前で弾けて四散する。
「不意打ち上等じゃが、ワシには通用せんの」
と、封神の方に向き直り腰を屈めた瞬間、老人の姿が消え。またも金属音が響き渡る。
「ほっ、今度はさっきよりも力を入れたのじゃが、それを弾くか、結構結構」
呆然としていた封神が我に帰ると、すぐ目の前の床に老人の長剣の先が床にめり込んでいる。その刀身を上からいつの間にか封神の脇に立っていたラドルスのソードが押さえ込んでいるのが見える。どうやら振り下ろされた長剣の軌道を上からソードを叩きつけて変えたようである。
「す、すまんラドさん…」
ようやく状況を理解して、礼を言う封神、その視界の先ではりりなが倒れたままうめき声をあげているジャバウォックに駆け寄っているのが見えた。
「ほう」
老人が突然感嘆の声をあげる。どうやら先程同様ラドルスの剣を弾き飛ばそうとしたようである。
「お主、中々やるようじゃの」
「いや、ただのへっぽこ剣士だよ」
「カカカカカ、結構結構」
老人の笑い声を合図にしたかの様に間合いを開ける両者と慌てて場から下がる封神。暫く睨みあっていたラドルスと老人であったが、示し合わせたかのように、同時に剣を振るい、その度に二人の剣が中間の空間で金属音を奏でる。
「何とか軌跡を予測できているが、やばいな、これは…」
ラドルスは剣を振るいながら思う。正直こっちは手一杯なのだが、向こうは自分の剣を受け流しつつ、りりなと封神の死角からの遠距離攻撃を左手の掌で全て弾いているのである。
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
考えている間にもりりなのレスタで戦線復帰したジャバウォックが今度はツインセイバーを持って間に入ってくる。ここ数年幾度も肩を並べて戦った同士、無言の内に連携を取って斬りかかるが、老人はその全てを右手の長剣で弾き飛ばす。
「ラド、こいつは…マジでやばいぜ」
「わかってる!!」
答えたラドルスの脳裏には手持ちの武器の内の一振りが浮かんでいたが、今の状態では発動の前に、武器の持ち替えも命取りになりかねない。そんなラドルスの思いを読んだのか、ジャバウォックが突然前に出て、ラドルスと老人の間に空間をつくった。ナノトランサーから一振りのソードを取り出してフォトンの刃を出すラドルス。
「無謀と勇気は異なるものじゃ、それとも、何か切り札でも切るつもりかの」
カカカカカと、また笑いを続け、長剣を振るおうとした老人の動きが突然止まる。
「隙あり!!」
そこに斬りかかったジャバウォックであったが、老人は左足を無造作に蹴り上げ、ジャバウォックを弾き飛ばす。同時に、さっきからあったフォトンの乱れが消えたことに気付くりりな。
「反応が消えたようじゃの…これでは特定は難しいの…」
老人はラドルスに長剣を突きつけたままの姿勢でまた誰にともなく呟く。
「それにしても、出てきて早々にこんな者達と巡り合えるとは、いやはや、王の言葉に乗ってみるもんじゃて」
「王?」
老人の呟きに手持ちのソードの機能を使う隙を伺っていたラドルスが思わず聞き返してしまうが、老人はそんな呟きには耳もかさなかった。
「今のままでは時間的にも限界のようじゃし、次の機会に期待するとしようかの、カカカカカ」
と、その笑い声と共に、出てきた時と同様に老人の周囲の空間が歪む。
「待て!!」
その変化に気付き、斬りかかろうとするラドルスであったが、老人が左手の掌を向け、その斬撃を受け止める。
「青いの、そう急くもんじゃないて…縁があればそのうち会えるて…カカカカカ…」
老人の笑い声が徐々に小さくなり、聞こえなくなったと同時に空中で止まっていたラドルスのソードが支えを失って振り下ろされた。
「…なんだったんだ…あれは…」
呆然とするラドルスの横で再度ジャバウォックの様子を診ていたりりなが黙って首をふるのであった。

 その後、通路を先に進んだラドルス達の前に要救助者を発見、保護する事ができた。二人とも気を失っており、そのまま搬送したのだが、ラドルスは周囲の様子に違和感を感じていた。
「あのスタティリアの残骸、誰がやったのかねぇ」
帰りのシャトルの中、ジャバウォックの言った疑問はラドルスも感じた、同時に搬送された二人、赤い服の少女は特に外傷はなかったのだが、もう一人は装備にスタティリアのものと思われる一撃を受けた形跡があるのに、外傷がなかった。レスタ等で治療されたという考え方もあるが、装備のあの損傷具合では致命傷になっていてもおかしくないのだが…。
「まぁ、どっちかというとあの老人の方が気になるがなぁ…」
「ラドさんがあれだけ手を出せない相手なんて初めて見ました」
ラドルスの言葉にりりなが続く、その心配そうな顔を見てポンッとりりなの頭に手を置くラドルス。エヘヘと笑うりりなを見ながらラドルスが呟く。
「おいおい、俺はへっぽこだって言ってるだろ?まぁ、次に出てきたら…」
「勝てるってのか?」
「何か勝算があるのか?」
ラドルスの言葉に封神とジャバウォックが軽い驚きの声をあげる。
「いんや、レニしゃかルミルミ辺りに押し付けるさ」
『おひ!!』
期待して身を乗り出していた二人が同時に突っ込みを入れる。それを見ない振りをしつつ、ラドルスは窓から外を見る。そのパルムの空を眺めながら、ラドルスは黒マントの老人の剣の軌跡を思い起こす。
「まったく、やっかいなのがいたもんだな。大事にならなければいいんだが…」
呟くラドルスの顔をじっと見つめるりりなであった。

 SEED事変から3年、ラドルスの願いとは裏腹にグラール太陽系に不穏な空気が満ちていくのであった。


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