第11章 闇の中の希望

(ニューデイズのフリーミッション:「研究の代価」 より)


 どこまでも続く漆黒の闇、はるか遠くに茶と緑の惑星が微かに見え、足元の視界は青い惑星が一面に広がっている。その一部は黒ずんだ雲に覆われ、地表を伺うことはできないが、万一雲が途切れたとしても、そこに見えるのは巨大なクレータだけである。
背後には円筒形の小型コロニーが浮かんでおり、その周囲には小さな光―基部の工事ポット―が飛び回っている。宇宙空間を漂いながらもその光の群れに見とれていると・・・
「ルミルミ〜、敵艦補足あ〜んど照合完了。やっぱり同盟軍崩れの戦艦ね。多分停船命令なんて聞きっこないからやっちゃって〜」
ヘルメット内の通信機から相方であるニューマンの女性の声が聞こえる。視界を元に戻すと、ターゲットの放つ推進器のフォトン光がはっきりと見えた。後数十秒で射程に入るであろう。
「了解、目標補足・・・SUV発射準備OK、ロックOK、・・・射程内への進入を確認っと・・・」
周囲を取り囲む様にナノトランサーのゲートが8つ開く。
「いっけ〜!!」
叫びと共に、ゲートから数本づつ、青白いレーザーが解き放たれターゲットに直撃する。ターゲットはその場で爆散し、その破片のいくつかは眼下の惑星の重力に引かれ、流星となって落ちて行った。
「ふぅ〜、これで10隻目か・・・、暴走同盟軍の残党ってまだいるのかなぁ〜」
通信機から聞こえる相方の労いの言葉に返事をしつつ、ガーディアンズ所属のキャスト娘、ルミナスは眼下の惑星の黒ずんだ雲を見つめていた。

 惑星パルムの衛星軌道上に浮かぶガーディアンズ・コロニー、一月前のイルミナスの大規模テロにより、本体部分は惑星パルムのローゼノム地区に落着、その被害状況は一ヶ月経った今でも調査が完了していない程である。現在は落着直前に切り離された居住区を中心にその基幹部分の工事がようやく始まったといった状況である。そのコロニー内にあるガーディアンズ本部の奥、本部メインターミナルや総裁室にも繋がる通路の途中にあるリフレッシュルームに数人のガーディアンがいた。
「まったく・・・あの野郎、どうやったらここまで壊せるんだ?」
部屋の惨状を見回して呟くヒューマンの男−アルト−。
「それより、不可解なのはこの空間ですね。全くといっていいほどフォトンがありません」
ヒューマンの女性―レイン―がアルトの脇で、その手に持っている計器の数値を異常と思いつつも記録していく。
「おそらく、アルト達の言っていた試作武器の力ですかね」
黒いコートを羽織ったヒューマンの男―ゼロ―が顎に手を当てて呟く。
「まぁ、ざっと目を通しただけだからはっきりとは覚えていないけど、周辺フォトンの吸収力を刃の形成と強化優先にするって書いてあったぜ」
「つまり、手当たり次第にフォトンを吸収すると・・・ならば、この部屋のフォトンの少なさは説明がつきますね」
アルトの言葉にゼロは自分の考えを纏めるように独り呟きながら部屋を歩く。すると、その足に何かがあたる。
「ん?」
見ると、何かの破片が落ちている。何かのコネクタの様であるが、ラベルは殆ど焦げ付いており判別ができない。
「L・・・ユニット?武器の拡張ユニットの破片ってとこかな?」
とりあえず、回収品のポットにそれを入れるゼロであった。

 惑星ニューデイズ。昨今のグラール星系を覆う混乱の中でも比較的平穏を取り戻しつつあるその理由は、オウトク・シティに本部を置くグラール教団とそのカリスマ的存在である巫女のお陰といってもよいであろう。そんなグラール教団の本部である日、巫女の部屋付近まで侵入、最終的には護衛衛士団の追跡によって、教団への被害無く済ませた―単に追い出したとも言う―といった事件があった。被害無し、表向きにはそう発表されたが、事実は異なっていた。
「護衛衛視長、彼を・・・あのガーディアンを逃がしましたね。まさか巫女様の指示ですか?」
事件翌日、星霊主長ルツはそういって護衛衛視長に詰め寄ったが、結果として明確な回答は得られないまま下がるしかなかった。が、ルツとしては、そのガーディアンは邪魔以外の何者でもなかった事と、SEEDの再襲来以来、その対応に追われた為。その件そのまま処理済みとして扱われたのであった。
「で、こんな所まで必死に逃げたのに、追っ手はかなり手前で引き返したんだが・・・」
ルツにとって邪魔者以外の何者でもないガーディアンである青髪のヒューマンの男は、目の前でのほほんと携帯食を食べている元ガーディアンに尋ねた。
「ん〜、あのルツの事だからもう少ししつこく追ってくるかとも思ったんだけどなぁ」
尋ねられた元ガーディアンで現在はローグスと行動を共にしている男―イーサン・ウェーバー―は携帯食の空き缶を置いて腕を組んだ。
「そりゃ、忍び込んだのがあんただって分からなかったからだろう?もし、知ってたらもっとしつこく追ってきてるさ」
と、言いながら青髪の男は自分の携帯食の缶を持ち上げようとして、腕に軽い痛みを覚えて思わずうめき声を上げる。
「・・・例の武器の影響か・・・あんなやばい代物だって知ってたら渡さなかったんだが・・・」
「いや、あれがなければ今頃ハウザーにやられていたさ、気にしなくていい」
「そういってくれると助かるな」
「で、これからどうするんだ?俺としてはコロニーに上がりたいんだが・・・」
呟き空を見上げるラドルス。パルムなら見えたであろうコロニーも、ニューデイズからでは視認は難しい。
「きついだろうな、今コロニーを守っている防空網は完璧らしい。明日になればランディール号が迎えに来てくれるが、今のコロニーには近づけないらしい。行くなら、ガーディアンの誰かに迎えに来てもらうしかないだろうが、通信もまだ混乱しているからな・・・」
「オウトクに戻らないときついか、というか、こんな状況でどんな防空網をしいているんだか」
「なんでも、『白銀の悪魔』と呼ばれる女キャストが制御してるらしいが?」
「・・・ああ、なんとなく分かった・・・」
イーサンの言葉に、脳裏を知り合いの女性キャストがウィンクしながら通り過ぎ、ラドルスは軽く肩をすくめた。

 ラドルスとイーサンが焚き火を挟んでいるその頃、ガーディアンズ・コロニーに一通のメールが送られてきた。あるビーストの娘宛のそれには差出人の名は無かったのだが、その内容をチェックしたホスト・ルウは、すぐさまそれを宛先の娘の所へと送信した。
その当人は・・・
「もう、あのへっぽこ剣士はどこほっつき歩いてるんですかね。帰ってきたらうんと叱ってやろうと思うんです」
と、ホットミルクの『ジョッキ』を片手にレインとアルトに愚痴をこぼしていた。
「来週末になればシャトルの管制システムが動き出すからな、任務以外でも3惑星にいけるようになれば探しにも行けるってもんだ」
と、コーヒーを飲みながらアルト。レインもそれに頷きつつ思う。この娘―りりな―も立ち直って来たと。一月前の事件直後は毎日食事もとらずに部屋で泣いてばかりいたのである。周囲の励ましに加えて本人も密かに何かを決意したようで、それ以降はこうして笑うようにもなっている。時折陰りが見えることもあるにはあるのだが・・・。
「はいです。とりあえずパルムあたりから探して・・・って、メールです」
『ほほい』
りりながガーディアンズ用の端末ディスプレイに映し出されたメールを読み・・・、その表情が明るくなる。その変化に何事かと見ているレインとアルトにりりなは告げた。
「ラド様がみつかりました!!」
「へっぽこ剣士の無事と所在を確認!!」その話は、すぐさまガーディアンズに広まったのである。

「で、本当にいいんだな?俺達と一緒に来るって選択もあるんだが?」
クゴ温泉の手前、イーサンは同行していたガーディアンに再度確認した。
「いや、暫くこの辺に潜んで、折りを見てコロニーに戻るさ、海賊ってのは性に合いそうにないしね」
と、冗談めかして肩をすくめるラドルスにイーサンは苦笑し、
「俺はライアを探そうと思う」
「ライア?」
「あの日、一緒に戦うと約束したっていうのもあるが、彼女にやってもらいたい事があるんだ。その時はラドルスにも手伝って欲しいな」
「ああ、自分に出来ることであれば協力させてもらうさ」
「そんじゃ、その時まで一時お別れだ」
そう言ってイーサンはラドルスの前から立ち去る。暫くそれをぼんやりと眺めていたラドルスだったが、
「とりあえず寝床確保っと、洞窟か廃寺院でもあればいいんだけどなぁ〜」
と、主要路から外れた森の中を暫く探索していくラドルス。と、洞窟らしきものが目に入る。
「おっ、いいとこめっけ〜。なんかの巣になってなきゃいいんだけど」
と、入口脇に立ちナノトランサーから剣を出す。そして傍らの小石を拾って洞窟入口に放る。反応が無いのを確認しつつ、そっと洞窟の中を覗くと。
「って、なんか嫌な時になんか引いたようだなぁ〜」
そこには半壊した鉄の扉があったのである。

「なんかの生物系の研究所跡ってとこだな、こりゃ・・・。あちこちから連れて来るのは兎も角、ちゃんと責任取れよなぁ・・・」
通路の途中にあった端末を操作してみたが反応がなく、時折出てくる原生生物を倒しながら探索をするラドルス。ふと、何かを感じて振り返る。
「・・・気のせいか?」
そう呟きつつも通路の角に身を隠し、気配を消して周囲を探るが何も感じない。
「どうやら、本当に気のせいだったようだな」
通路を奥へ進むラドルスであったが、その後方の天井から聞こえた声には気付かなかった。
「ふ〜、あぶないあぶない。でも、見つからなければどうということはない、なのですよ〜」

 途中、幾つかの研究資料を斜め読みしてみたが、
「小難しい文章で書くなよなぁ〜。でも、違法実験であるのは確実っぽいな・・・」
とりあえず理解できたのは、研究所は教団名義ではあるが、それが偽装であるらしいこと。そして、原生生物の掛け合わせを行い、最終的には生物兵器の類の完成を目指していたらしいことであった。
それらの資料を念の為と、自分の端末に入力しながら研究所を探索していくと半壊した部屋に出る。
「ここがメインっぽいよな・・・」
部屋には大きなガラスケースが数本あり、一本を除いて他は倒壊している。そして、中にあった溶液か何かで汚れ、半分以上が読めなくなった研究資料を更に斜め読みしてみるラドルス。
「って、こりゃシャレにならないぞ・・・」
読めた部分だけでもここで行われていた研究の酷さがうかがい知れた。そして、最後の一節を読んだ時、ラドルスの体が震える。その内容はラドルスを驚愕させるには十分な物であったのである。
「・・・さて、どうしたものかな・・・これは・・・」
暫し研究資料を前に腕を組んで考え込むラドルス。と、天井から埃が落ちてその資料の上に振り落ちる。
「!?」
上を見上げるような事をせず、その場を離れるラドルス。十分な距離を取った時点で天井が崩れてラドルスがいた場所に落ちてくる。そして、その向こうに何か巨大な生物がいるのが見えた。
「なんだかんだで、やっぱり巣になってるのね。っても、今の手持ち武器は間に合わせだっていうのに・・・」
呟きつつも崩れた岩を伝って、天井の穴から外へ出るラドルス。そこは高台になっており、目の前にはゾアル・ゴウグが自分の領域に入り込んだ人間に威嚇の咆哮をあげている。それを見てやれやれと溜息をつきつつ、周囲を見渡すが逃げることはできそうにない。覚悟を決めて剣を構えるラドルス。そこへ後方からフォトン弾がゾアル・ゴウグに命中する。
「命中!!」
聞き覚えの声に振り返ると、ラドルスの出てきた穴の傍らにキャストの女性が二人―ヘルシンゲーテとフィレア―が立っていた。それぞれ、既に自分の武器を構えている。
「なんで、ここに・・・いつから!?」
「教団本部からなのですよ〜。迎えに来たのに勝手に逃げ出してるから、暫く観察させてもらったのですよ〜」
ラドルスの問に答えながらも赤いアクスを構えながらラドルスの横を通り過ぎてゾアル・ゴウグに入っていくヘルシンゲーテ。後方からフィレアがライフルでゾアル・ゴウグの動きを牽制する。一瞬それを見とれていたラドルスであったが、我に返ってヘルシンゲーテの後を追う形でゾアル・ゴウグに向かっていく。ゾアル・ゴウグは咆哮をあげつつ、雷のブレスを前に出てきたラドルスとヘルシンゲーテに浴びせようとするが、二人は左右に分かれてそれをかわし、そのまま左右からアクスとソードをゾアル・ゴウグの体に叩き込む。
「このまま一気に決めさせてもらう!!」
剣を振り上げてもう一撃、と思ったラドルスに横からゾアル・ゴウグの尾が襲い掛かり、ラドルスは吹き飛ばされる。
「くっ」
なんとか受身を取りつつ勢いを逆に利用して立ち上がり。再度剣を手にゾアル・ゴウグに向かうラドルス。その前でヘルシンゲーテが左右の前足と尾の攻撃を器用にかわしつつ、隙を見て頭や首にアクスの一撃を叩き込んでいる。そして、フィレアもライフルで確実に急所を狙い撃っていく。そこへラドルスが再び攻撃に加わりソードを叩き込んでいく。
ゾアル・ゴウグがその巨体を倒れこませたのは暫く後のことであった。

 クゴ温泉、ニューマンの聖地であるエガム付近にあるこの温泉は以前は多くの人が訪れていたが、現在の混乱で人は全くいない。ゾアル・ゴウグを倒した後、ヘルシンゲーテ達はラドルスに対してクゴ温泉で待っているようにと指示を残して姿を消したのである。
「で、いつまで待てばいいんだか・・・」
「それはこっちのセリフです!!」
ラドルスの独り言に背中から声がかかる。ラドルスのよく知った、あの日以前は毎日聞いていた声である。驚きつつも振り返ると、予想通りの姿がそこに立っている。
「りぃ、なんでここに・・・」
「ヘルシンゲーテさんから連絡があったんです。ここに迎えに行けと」
杖を片手に歩み寄りながらラドルスに問にりりなは答え、目の前に立つと。

   
ボカッ!!

突然、その杖でラドルスの頭を叩く。
「いたたたた」
叩かれた頭を抑えながら文句を言おうとしたラドルスだったが、りりなの涙を浮かべた目を見て何も言えなくなる。
「何やっていたんです!!約束破って!!連絡もしないで!!ほんとに、本当に心配してたんですよ!!」
「いや、悪かった・・・すまない」
「で、こんなとこでのほほんとして!!」
と、りりなは泣きじゃくりながらラドルスにしがみつく。どう、声をかけていいか分からず顔を人差し指でポリポリとやっていたラドルスだったが、
「・・・もう、離しませんからね・・・絶対に」
の言葉に、りりなをそっと抱き寄せ
「・・・ああ」
と、短く答えるのであった。

 同日、ガーディアンズ・コロニーにて、ガーディアンズの管制システムの一部機能が再起動し、限定的ではあるが、ガーディアンズの組織的行動が可能になった。これにより、行方不明者の捜索、被害地域への救援活動が本格的に始まる事となる。
イルミナスの攻撃より一月、ガーディアンズは反撃の為の第一歩を踏み出したのである。グラール太陽系にようやく一筋の光が差し込んだのである。




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