N番通路に響く音

(オリジナル)


「で、そのN番通路なんだが、午前二時頃になると、ピトピトヌチョヌチョと粘液の滴る音が響くそうなんだ」
ガーディアンズコロニーのガーディアンズ本部内にある黒コート愛好会本部の食堂、ランチタイムが過ぎ、人もほとんどいないその部屋の隅でガーディアンが数人、何かの話に興じていた。
「で、その音の正体はなんなんだ?」
話を聞いていたガーディアンの一人がいつもと変わらぬ口調で話しの主に尋ねる。
「いやね、ラドルスさん。そいつらも周辺を調べたようなんですけど、原因がさっぱりらしいんですよ」
尋ねられた黒コート愛好会の隊員はそう言って肩をすくめる。
「ふ〜ん」
と、ラドルスは視線を左腕におろす。視線の先にはラドルスの左腕にしがみ付いて震えている相方りりなの姿があった。その頭にそっと手を置くラドルス。りりなが涙目になった顔を上げる。
「ラド様〜、それってオバケですよぉ〜。絶対そうです!!N番通路って宇宙港への近道なのに、そんなのがいるんじゃ怖くて通れないです!!」
「ははは、りりなちゃんにはちょっと怖かったかなぁ」
と、ラドルスの前に座っている黒コート愛好会のジャバウォックが笑い、
「名づけて、ヌメヌメ男・・・いや、ヌメ男かな?」
とその横の封神が続く。
「なんで男なんだよ」
それに突っ込みを入れてるジャバウォック。そんな二人を見てラドルスが口元に笑いを浮かべ、その笑みの意味に気付いた愛好会隊員は苦笑を浮かべながらそっぽを向く。
「聞いたかりぃ、ジャバとふ〜がそのオバケを退治してくれるそうだ」
『へっ!?』
突然背後からかかった声にジャバウォックと封神が肩越しに背後を見る。そこには彼らの上司にあたる男―レニオス―が腕を組んで立っていた。
「ほんとにぃ〜?」
りりながレニオスの顔をじっと見る。レニオスは笑いながら、
「ああ、本当さ。まぁ、そういうことだからお前等、夜に備えてもう帰っていいぞ」
レニオスに肩を叩かれ顔を見合わせるジャバウォックと封神であった。

 その夜、件のN番通路を黒コート姿の男が二人歩いていた。通路には最低限の明かりしかなく、足元がようやく見えるといった所である。
「全く、何が悲しくてこんな遅くにふ〜さんと一緒に歩かなきゃならんのだ」
「だよなぁ〜、どうせなら可愛い所な娘と一緒がいいよなぁ〜」
「ふ〜さんがおんにゃのこと一緒に夜道!?そんな美味し、いや危険な事はさせない!!」
「ジャバよかマシだ」
軽口を言い合う二人であったが、ある気配を感じて立ち止まる。
「聞こえたか?ふ〜さん」
「ああ、内容までは聞き取れなかったが・・・確かに声が聞こえた」
武器の柄に手をかけ、背中合わせに立って周辺を警戒するジャバウォックと封神。静まり返ったN番通路に、

ピチョッ・・・ピチョッ・・・

「これか・・・例の音って」
「足音・・・だな・・・あっちか」
ジャバウォックの言葉に頷きつつ封神は懐から出したボールの様な物を音の方向に投げつける。ボールが暗闇の中床に落ちる音がした直後、強烈な光を放つ。と、同時に何かが悲鳴を上げる。
「とった!!」
サングラスお陰でその悲鳴の主であろう人型の影を見つけたジャバウォックがツインセイバーを手に通路を駆ける。しかし・・・
「ヌメェェェェェェェェ!!」
「なっ!!」
ジャバウォックの視界が真っ白になり、同時に冷気が襲い掛かる。
「ジャバ!!」
バータ系の冷気!?と内心驚きつつも、間合いを広げる封神であったが・・・
「ヌメッ★ミ!!」
「なっ!?」
横合いから突然かかった声に振り向くこうとした封神であったが、その前に視界が真っ白になるのであった。

「やれやれ、返り討ちとは情けないね。俺は悲しくて笑いが止まらんよ」
夜が明けたN番通路。レニオスが壁に向かって俯き加減に肩を震わせている。
「そういう時に止まらないのは涙じゃないんですかね、局長・・・」
ジャバウォックの言葉にレニオスが顔をあげ、
「何で、お前達の為に涙を流さなきゃならんのだ?」
「ジャバ、真顔で断言してるよ、この人・・・」
最後にトホホと付け加えて項垂れる封神。二人は粘液の様なもので壁に張り付かされていたのである。そんな三人のやりとりに、やれやれと呟きながらも副長のゼロが後から駆けつけた黒コート愛好会の隊員達に指示を出していく。やがて二人は壁からはがされ、念の為とメディカルルームで精密検査を受ける事となった。それを見送ったレニオスは再度二人が張り付いていた場所に戻る。先に戻ってきていたゼロの横に立ち同じ場所を見上げる。そこには赤い何かで書かれた文字があった。
「で、この落書きはなんなんだろうな・・・」
「『沼男はここにいる!!』ですか・・・」
「沼男ってなんだ?」
「ニューマンの男性を極一部の地域でそう呼んでいるって話を聞いた事があるけど、だったら別に宣言しなくてもニューデイズのゴロゴロといますしね」
「だよなぁ。まぁ、とりあえず撤収だ」
「了解」
立ち去るレニオスを見送ってからゼロは撤収準備を始めるのであった。

同日午後、黒コート愛好会本部の食堂。
「ほぉ、沼男って別の意味があるのか」
レニオスの言葉にラドルスは頷き、
「ああ、どこのレリクスだったかなぁ、『私の考えた最高に笑えるナマモノ。これが沼男だ!!フハハハハ〜』って言葉と共に描かれた人型生物の絵があったらしいよ」
「子供の悪戯書きか?それ」
「だと思うけどね。どっちにしろ、実在の生物じゃないのは確かだな」
と、呟いてラドルスはコーヒーに口をつける。と、そこへニューマンの女性がビーストの男を連れて入ってくる。
「あぁ、いたいた。レニオス君。今朝運び込まれた二人の検査結果の一報を持ってきたわよ」
「マヤか、すまないな」
マヤからデータを受け取ったレニオスはその内容にざっと目を通す。一読して顔をあげ、
「これを見るとあいつらはカクワネに襲われた事になるよな・・・」
「ええ、周辺からカクワネの出すものと同じ粘液が見つかってますし、間違いないかと」
レニオスの問いにマヤの隣にいた男が答える。
「あ、え〜と、失礼だが・・・」
レニオスの視線に何を言おうとしているのか悟ったらしい男は頭を下げ、
「あ、すいません。マヤさんのとこで助手をやっていますニューマンのネツマッセと言います」
「ニューマン?てっきりビーストかと思ったよ」
ネツマッセの自己紹介にラドルスが横槍を入れると、
「ああ、ビーストの家系なんですけど、混じっているニューマンの血が出てしまって。ガーディアンズにはニューマンで登録しています」
「ああ、そういうことなのか、失礼した。」
「いえいえ、よく言われますので大丈夫ですよ」
一礼するネツマッセにラドルスはレニオスとデータについて話し込んでいるマヤに一瞬視線を移し、
「てっきりマヤさんの人体実験で体質が変わっちゃったのかと思ったよ」
「ハハハハ、流石にそれはないですよ」
「いや、ありえるかもよ。あの原材料不明な保存食とか食べてたら、イテッ!!」
突然横から飛んできた角トレイの角が綺麗にラドルスの頭にヒットする。
「聞こえてるわよ」
頭を押さえて呻くラドルスに振り向かずにマヤは言い放つのであった。

「で、なんで俺がここにいるんだろうねぇ」
深夜、N番通路の入り口でラドルスはソードを点検しながら肩を落とす。
「しょうがないだろう。正直あのジャバふ〜が出し抜かれたとなると、お前さんに頼むしかない」
レニオスが腕組みしながらその愚痴に答える。
「ルミルミ辺りに頼めばいいじゃないか、この手の話には喜んで飛び付くぜ?」
「ダメだ」
「なんでさ?」
断言したレニオスに怪訝な顔を向けるラドルス
「あれに頼むと、通路自体を破壊しかねない。できれば生け捕りにしたいってのが上の意向だ」
「それもそっか」
冗談とも本気とも取れない回答であったが、妙に納得できてしまうそれに頷くラドルス。と、その表情が変わる。それに一瞬だけ怪訝な顔をしたレニオスだが、その意味に気付き通路の奥を見る。

ピチョッ・・・ピチョッ・・・

「これが噂の足音か」
「みたいだね・・・」
通路の奥に向かって目を細めるラドルス。が、突然ラドルスはソードを構えて奥へと走り出す。
「お、おい!!」
「大丈夫!!生け捕りだろ?」
通路を目標に向かって走り、スタンモードにしたソードを叩きつける。が、それはなんなく回避されてしまう。
「な!?」
完全に捉えたと思った一撃のつもりだったラドルスは驚愕の声をあげる。と、目標が壁を蹴り、ラドルスに襲い掛かる。
「ヌメッ★ミ!!ヌメヌメヌメェェェェェ」
「くっ」
反射的にソードを出し、ガードするラドルス。金属音と共に影が一旦後方に飛んで下がろうとする。
「ほらほら、すぐに隠れないと危ないぞ」
その着地点に合わせてレニオスがツインセイバーを横薙ぎに払うが、影はそのセイバーに手をついて、それを軸に更に後方に飛び跳ねる。
「なっ!?」
今度はレニオスが驚愕の声をあげる。それを見たラドルスが、再度突撃する。
「レニしゃ、こいつ・・・強いぞ!!」
「分かってる!!」
影に向かって再度ソードを払うラドルス。今度もその攻撃は難なくかわされるが、
「甘い!!」
振り払ったまま、その手をソードから放すラドルス。ソードが通路の壁に当たって床に落ちる音がする前に、その手にナノトランスさせたハンドガンが影に向かって銃声を放つ。
「ヌメヌメェェェェェ」
スタン効果があるそのフォトン弾が命中し、影は悲鳴をあげ、そのままその動きを止める。
「え〜っと、仕留めた・・・・っかな?」
拾ったソードの先でその影をつついてみるラドルスだが、反応はない。
「どれどれ、そのお姿拝見っと」
横に来たレニオスがライトをその影に当てる。ライトが人型の顔を照らす。
「・・・って、ネツマッセ!?」
顔を覗き込んだラドルスが見知ったその顔に驚きの声をあげるのであった。

「え〜っと、つまり・・・新作の回復薬の実験が原因って訳?」
縛り上げたネツマッセを連れて本部に帰還したラドルスとレニオスを待っていたのはマヤであった。そのマヤから今回の騒動の原因が彼女にあるらしいとの説明を受ける。その説明にラドルスが確認の問いを投げる。
「そうなのよねぇ。なんか夜になると凶暴化するようになっちゃって」
「なっちゃってって・・・」
「外見が変わらないのにナノブラストしたようになっちゃうようなのよね。なんか先祖還りっぽい面も見受けられたし、困ったものよねぇ」
「完全に人事の様に言ってるよな」
マヤの説明にラドルスとレニオスが交互に突っ込みを入れるが、本人は聞いていない。
「いっそ、この薬・・・回復薬じゃなくてそっち方面で研究してみようかしら・・・」
『それはやめろ!!』
最後の呟きに全力で突っ込みを入れるレニオスとラドルスであった。

後日、ネツマッセ・ベイはメディカルチームの治療によって夜の変身はなくなったのだが、なぜか沼男の存在を世間に認めさせようと奔走する事になるのだが、それはまた別の話なのである。


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