ターゲットは局長!?

(オリジナル)


 ガーディアンズ・コロニー内にあるガーディアンズ本部、その中にある黒コート愛好会本部の食堂。昼食時は過ぎ、人もまばらになった中、なぜかいるのが当然といった態度でラドルスはコーヒーを、そしてその向かいでりりながホットミルクを飲んでいると、その横にジャバウォックがランチセットのトレイを置いて座る。
「やけに遅い昼食だな、ジャバ」
コーヒーカップを置き、その余韻を楽しむ様に一息ついてからラドルスは一番隊の長に声をかける。
「書類がいろいろと溜まっててな。どこぞの剣士の様にのんびりコーヒーを飲む暇もありゃしない」
「書類ったって、先日の乱闘騒ぎの後始末だろ?自業自得だって」
と、ジャバウォックの言葉に突っ込みをいれ、封神がジャバの向かい、りりなの隣に座る。
「またなんかやらかしたのか…、レニしゃも大変だなぁ〜」
封神に言い返す言葉を捜して黙り込んだジャバウォックにラドルスは悪戯っぽく笑って再びコーヒーカップに口をつけようとして、ふと思い出したように呟く
「そういや、さっき妙なとこでレニを見たなぁ」
「妙なとこ?」
封神がパンをちぎった手を止め反射的に応える。
「こないだ開店したコーヒーショップがあったろ、あの脇の道に入るとこを見たんだが…」
「そういえば、いましたね。レニしゃ」
ラドルスの言葉にりりなが続くき、
「あの通りってちょっよファンシー入ってるとこだよなぁ」
二人の話にジャバウォックが天井に視線を送り、話の場所を思い出すように呟く。
「ああ、それはきっとプレゼントを買いにいったんだねぇ」
『へっ!?』
ラドルス達の座ってる隣のテーブルを拭きながら呟いた食堂のおばちゃんの言葉に一同がその方向を向く。
「プレゼント?」
「あの通りで?」
「あの局長が?」
「誰に?」
尋ねた4人の言葉におばちゃんは当然といった感じで答えを返す。
「そりゃ、奥さんに決まってるじゃない。あのぶっきらぼうさんも、その辺は妙にマメなのよねぇ…って、内緒なんだっけ」
『なにぃぃぃぃぃ!!』
決して小さくなかったおばちゃんの言葉に、食堂にいた黒コートの面々が驚きの声をあげ、集まってくる。
『ちょ!?そんな話知らない!!その辺を詳しく!!』
悪戯が見つかった子供のような顔で慌てて厨房に逃げ帰ったおばちゃんの背中に異口同音に尋ねたジャバウォックと封神であったが、完全に無視されてしまう。
「オクさんって、ベイさん・・・ってオチじゃないですよね?」
りりなの言葉にラドルスが「それはそれで面白いけどね」と肩をすくめる。
「そういや、局長のプライベートな話って聞いた事ないなぁ」
黒コート愛好会員Aの言葉に一同が「そういえば…」と天井を見上げる。暫くの空白の後、ジャバウォックとラドルスの含み笑いの声が響き始める。
「ラド様?」
「ジャバ?」
怪訝な顔でそれぞれの相方が己の顔を見ているのにも気付かないといった感じで二人は呟く。
「面白そうじゃないか。なぁ、ジャバさん」
「ああ、知的好奇心が疼くってもんだな、剣士殿」
「さっそく、情報収集から始めるか」
「だな、俺は人を集める」
妙に意気投合した感じで立ち上がり、食堂を出て行った二人を言葉もなく見送る黒コートの面々とりりなであった。

 翌日。
「ん?やけに人が少ないと思ったら、今日も研修室でなんかやってるのか?」
黒コート愛好会本部内の研修室の前でレニオスが立ち止まり、隣を歩いていたゼロに尋ねる。
「滅多に使われないんだけどねぇ、昨日はジャバの奴が日常でできるトレーニングの話をしていたたしいけど」
「で、今日もって訳か…なになに『2秒後を読め!!実践的長剣術 講師 ラドルス』っと」
扉の横に貼られた紙を読んだレニオスの耳に、聞きなれた剣士が熱心に話をしている声と何やら恐らくホワイトボードであろう何かを叩く音が入る。
「『剣士のあれ』を説明だけで奴らが理解できるとは思えないがな」
「まぁ、やらないよりはマシじゃないかな?」
「確かに、邪魔にはならんな」
話しながら廊下を歩いていくレニオスとゼロ、その気配を扉越しに封神が探っていた。
「オッケ〜、向こうに行ったようだ」
研修室にいる面々に合図を送る封神。その合図にラドルスとジャバウォックがホワイトボードに貼られたクライズシティの地図を指示棒で指しながら長剣とは全く関係ない説明を始める。研修室にいる黒コート愛好会の一番隊と二番隊の面々がその説明を熱心に聞き入る。それは本部を出た後のレニオスの追跡作戦のブリーフィングであった。
「以上だが、何か質問は?」
説明を終えたラドルスが一同に向き、尋ねる。何人かが手をあげ、質問や、提案をする。それに応え、聞き入れるべきと思った提案による細部の修正を行い、ブリーフィングは終了したのであった。

 翌日。
「全く、何やってるんだよジャバ!!」
「作戦開始から僅か数分、局長が4Fに降りる前に失敗するなんて信じられません!!」
「キクン副隊長の言うとおりだよ。標的の力量を甘くみて近ふきすぎたな」
ラドルスと自分の部下、そして封神に口々に言われて肩を落とすジャバウォック。と、そこへ扉前に控えている愛好会員が標的接近の合図を送る。ホワイトボードをひっくり返し、それぞれが席につきなおして、前を見る。りりながホワイトボードの前に立ち…テクニックの話っぽい単語の羅列を始める。
「ほう、今日はりりながテクニック対策の抗議をしているのか」
「っぽいね。妙に勉強熱心になって…何か悪いものでも食べたかな?」
悪戯っぽく笑ったゼロに研修室の扉を見つめて一瞬笑うレニオス。
「…どうかしたのかな?」
廊下を歩き始めたレニオスの横に慌てて並んで尋ねるゼロ。
「いやな…、昨日帰ろうとしたら妙なモノが視界の端に写ったのでとりあえず、撃ったらでっかい鼠に当たったんだが…」
「ほう、コロニーでは珍しい話だね。で、その鼠は?」
「一目散に逃げていったさ。追っかけるのも馬鹿らしいのでそのままにしたが」
「ほうほう」
廊下に響く声が小さくなっていくのを確認した研修室内の面々。
「言われてましたね」
りりなの言葉に机につっぷすジャバウォック。それを視界の端に入れつつラドルスは今日の作戦内容の説明に入る。そんな研修室の外で、その扉を見つめていた書類の束を小脇に抱えた一人の男が何やらブツブツ呟きながら去っていくのには誰も気付かなかったのであった。

「こちら、チーム・チャーリー。今、部隊長が局長に補足されました…、速やかに撤退…あっ!!」
途切れる交信。すぐさま観測チームから通信が入り、チーム・チャーリーが全員捕縛された旨を連絡してくる。そして数分後、チーム・デルタとエコーも同じ運命を辿った旨が伝えられる。
「くそ〜、黒コートの長は化物か!!」
「魔人って呼ばれるのは伊達じゃないって事じゃないですかね」
ジャバウォックは自分の呟きに冷静に突っ込みを入れた副隊長を横目で見ながら何か言おうとしたが、次の通信に我に返る。
「アルファ・リーダー!!チーム・ジュリエットもやられた!!指示を!!」
観測班からの通信に、「今日はもう撤退すべきです」と進言する副隊長
「しかし、クロ…今日の作戦が失敗したら…」
「どっちにしろ、もう局長にはバレてるから出直しても無理だと思うよ?」
突然背後から声がかかり、慌てて剣を抜こうとしたジャバウォックであったが、視界が真っ白になる。
「フリーズ・トラ・・・」
強烈な冷気に包まれたジャバウォックが言えたのはそこまでであった。

 クライズ・シティの一角、たった今フォトンの矢を放った弓をナノトランサーに収納したレニオスに手を振りながらラドルスとりりなが近付いてきた。
「ラドか、なんでこんな所にいるんだ?」
「ん?そこの一区画向こうに雑貨屋があってね。いいシュガーポットがないか探してたんだが…、なんかフォトンの矢が見えたんでね。来て見たんだ」
「ですです。レニさんもそれを見て来たんですか?」
ラドルスとりりなの言葉に数瞬間を置いて、
「いや、本部からずっと、妙な視線を感じてな。それがさっき、カメラ付の飛行型マシナリーのだって分かったから、撃ち落したんだ」
レニオスの言葉に「ほう、人気者だなぁ」とかえすラドルスであったが、内心はその技量への感嘆で一杯であった。そのマシナリーは撮影限界ギリギリの高度で飛ばせていたのである。チョウセイソウでもギリギリのその高度を一撃で撃ち落すとは…。
「やはり、直接敵に回すのは避ける相手だな」
そんなラドルスの内心の呟きに気付いているのかいないのか、レニオスは「全くだ」と肩を竦めている。と、そこへ…
「あれ?レニがゼロさん以外の人を連れてくるなんて珍しいね」
と、一人の女性が手を振りながらやってきた。それを見てレニオスはあからさまに動揺の色を隠せないでいた。赤で統一された服を着て、栗色の長い髪をポニーテルで纏めた少々小柄で幼さが若干残っているが、それを打ち消す強さを全身から感じる女性であった。
「え〜っと、レニしゃ。お知り合いな方ですか?」
ラドルスにはできなかったであろう、演技全く無しなりりなの素直な問いに、レニオスでなく、その女性が応えた。
「ラドルスさんとりりなさんですよね?主人がお世話になっております。」

 ラドルスとりりなはレニオスを主人と言った女性の招きでそのままレニオスの家にいた。道中、レニオスはずっと母親に隠していた0点の答案が見つかった小学生のようなバツの悪い顔をして黙っていたが、客間にラドルスとりりなを案内してソファに座るように促し、剣士の向かいに座った時、一言呟いた。
「この腹黒め…」
「ん?なんのことだ?」
心の底から分からないととぼけた顔、とレニオスには見えなかったその表情に、思わず腰を浮かせて、
「ジャバ達をそそのかして、囮に…」
「レニ!!少しは愛想良くしなさい!!」
「いや、ヒカル。こいつに愛想なぞ振りまく…」
反論しかけてヒカルと呼んだ女性に振り返ったレニオスであったがその顔を見てそのまま浮かしていた腰を再び降ろす。
「まぁ、この話はまた今度にしよう」
「レニしゃがそういうならそれでいいけど」
と応えたラドルスの前にコーヒーが、りりなの前にはホットミルクのカップが置かれる。一礼してラドルスはカップを持ち口をつける。その様子を立ったまま見つめていた女性はおずおずと尋ねる。
「コーヒーとソードにはとっても煩いって聞いていたのですけど…」
その言葉に左手をカップに添えて苦笑するラドルス。
「いえいえ、とても美味しいですよ。淹れ方を教わりたい位です」
「ありがとうございます」
女性はラドルスの言葉に頭を下げてから、レニオスに促されてその隣に座る。
「あ〜、紹介しておこう…、これはヒカル…まぁ…、ラドの予想通りだと思う」
「これ!?」
「いや、まぁ…その…」
ルミナスに向かって突進していくオルアカの如く、立ち向かう意思はあるのだが、成す術もなく落とされていく、といった二人のやりとりに呆然とするラドルスとりりな。口には出さないが、二人の考えてる事は全く同じで、「これをジャバ達が見たらどう思うか」であったのだが…

 その後、主にレニオスが犠牲者になった会話を楽しんだラドルスとりりなは「またいつでも来てくださいね」とのヒカルの言葉に改めて礼をし、レニオス邸を辞した。と、そこへ封神からの通信がラドルスに入る。
「ラドさん?こっちは俺と観測班を残して全滅だよ…ジャバとも通信が全く繋がらない。完全に失敗だよ…」
「ふむん。こっちはそうでもないけどね」
「へ?」
ラドルスの笑いを含んだ答えに素っ頓狂な声をあげる封神。
「ミッション・コンプリートですぅ〜」
通信が切れる直前、割り込んで入ったりりなの言葉に、全てを察した封神の声が観測班の詰めていたモニター室に響き渡った。
「やられたぁぁぁぁぁぁ!!」

 翌日。
黒コート愛好会本部の廊下を歩きながら、レニオスとゼロは昨日の出来事の話をしていた。
「ハハハハ、それはラドさんに完全にしてやられたね」
「利用されるうちの連中も情けないったらないな…って、そういえばジャバはどうしてる?」
「食堂の冷凍庫で凍ってるけど?一番隊は副隊長以下他の面々の始末書は全て回収済み」
「二番隊は?」
「そっちも始末書は全て回収済み、通常業務に支障が出ると上が煩いから、とりあえずそれ以上は何もしていないよ?」
「まぁ、そんなとこだろうな。ん?今日も研修室でなんかあるのか?」
研修室の前を通り過ぎながらその脇に貼られた紙を一瞥するレニオス。
「…なんか、ジャバ達の行動の表面だけを素直に受け取って、それを利用できないかって考えたようだよ」
「…そんなところだろうな」
そんなやりとりの声が徐々に小さくなっていく研修室の中で男が一人演壇の前でふてくされていた。
「黒コートの人達は最近勉強熱心になったんじゃないんですか!!折角、沼男の存在論を講義しようと…」

 数日後の早朝、ノス・ゾンデによるものと思われる火傷で倒れているジャバウォックがクライズ・シティの一角で発見されるが、それはまた別の話である。


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